ソフトバンク・柳田 広島で育んだ原点 |
プロ野球史上初めてトリプルスリー達成と同時に首位打者に輝いた柳田悠岐。広島が生んだ規格外の男が故郷に帰ってきました。 ── 新年あけましておめでとうございます。 柳田:(噛みながら)おめでとうございます(笑) ── 広島に帰って来ると気持ちは違うものですか? 柳田:気持ちが安らぎますね。家族もいますし、友達もたくさんいるのでリラックスできます。 ── 広島に帰ったらこれが食べたいとか、ここに行きたいとかありますか? 柳田:お好み焼きは絶対に食べます。大学の近くであったり、学生時代からお世話になっているところには挨拶をしないといけないと思いますし、そこで久しぶりに食べるというのが力になるというか。 年末に母校の広島経済大学が主催する祝賀会に出席するため、広島に帰ってきた男に、トリプルスリーの思考法を直撃しました。 トリプルスリーの思考法 【1】「数字は積み上げるもの」 ── 平たく言うと、トリプルスリーはどうすれば達成できますか? 柳田:ホームランの数や盗塁の数といった増えていく数だけは意識しました。打率は意識しなかったです。 ── そうするとマイナス思考にならないですね。 柳田:そうですね。今日もまた一つ増えたなと思いながらやっていました。 【2】「目標設定は高く」 柳田:「スーパー」を目指して。 柳田:良い選手になりたいと思ったので、ホームラン・盗塁とか全部良くしたかったというか。目標は大きくしたほうが、そこを目指して…長い期間はかかりますけど成長するかなと。 トリプルスリーに憧れた原点は? 柳田:トリプルスリーを達成された野村謙二郎さん、金本知憲さんを小さい頃からずっと見ていたので、僕も子供から憧れられるトリプルスリーができるような選手になりたいと思いました。 【3】「我慢の時も大切」 広島経済大学時代の恩師・龍憲一監督は、将来性豊かな柳田を型にハメようとはしませんでした。 龍監督:のびのびとやらそうと、今のままでいいからスイングはしっかり振れと。だから、あまり技術的なことは教えてません。ほっといても打ちましたから。 広島経済大学、ソフトバンクと大きく育てられた柳田ですが、広島商業時代の基本的な厳しい指導があったからこそ今があると断言します。 柳田:高校時代はめっちゃしんどかったです。野球をやらされているようなイメージでしたね。でもそれをなんとか耐えて頑張ったのも自分のためになっていると思いますし、耐えた分は大学時代に自由に爆発出来たという感じですかね。 柳田:ボールをどこまで飛ばせるかとか、どれだけ速く球を投げられるかとか、そういう感じだったので、すごく楽しかったです。 柳田:ソフトバンクに入ってもノビノビやらせてもらいましたし。 ── 我慢して型を覚える時と、爆発する時の両方があれば柳田さんになれると。 柳田:ずっと縛られてというのも良くないと思いますし、ずっと爆発した(自由な)状態も絶対ダメだと思いますね。 広島が生んだ球界の星は広島での日本シリーズ開催を夢見ています。 柳田:セ・リーグはカープが優勝、パ・リーグはソフトバンクが優勝して、日本シリーズではマツダスダジアムに両親を呼ぶのが夢なので、それを目指して今年も1年間頑張ります。応援よろしくお願いします。 ── RCCテレビ「Eタウン・SPORTS」(9日放送) |
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