-前田智徳 氏 ほっとしました。もう力が抜けるというか、やりきった感はないんですけど、…終わったぁっていうか、やっと終わった…って感じですかね。
-佐々岡真司 氏 実際、電話が来て「辞めます」ということを聞いたときはね。やっぱり正直、ずっとやってきた仲間ですし、同期で入ってきた仲間ですから、前田がいなくなるのかと、さみしい思い。まぁ、でもここまで怪我も多いのに、よくやったということでね。辞めますという電話の声がね。開放されるという声でしたから。やっぱり気持ち的に楽になったかなと。そういう感じはしましたね。 -前田智徳 氏 でも、僕が電話した時は空港だったですよね。「あーあー今空港だから(ガチャ!)」と切られましたから。 -佐々岡真司 氏 あはは。 -前田智徳 氏 うえぇーっていう。人が真面目な話をしているのに「今、ニューヨークから帰ってきたから!今忙しいから!」あーそうですか、すみません。電話して悪かったですねー僕。 -佐々岡真司 氏 広島着いて、荷物を持ったら電話がいきなりかかってきたから。 -前田智徳 氏 KY的な、僕が電話を入れたんで。 -佐々岡真司 氏 すごいタイミングだったよね。 2013年4月、前田は代打の切り札として打率.444と絶好調のスタート。この日(2013年4月23日のヤクルト戦)も同点に追いつき満を持して登場。しかし…、 「左手尺骨骨折」 うずくまる背番号1。左手の尺骨骨折。
-前田智徳 氏 プロとしての目標は一番緊迫したところで期待に応えることでした。勝負強いプロ野球選手が期待されるし、信頼されるし、そういうところが怪我をして、自分の思うように体が動かなくなって、最終的には心が折れるっていったらおかしいんですけど、そういう風になってしまった。なんとかカムバックしたいという気持ちはあったんですけど…。
-前田智徳 氏 何回も何回も同じような…。どんなに準備して、どんなに体のケアをして、どんなにトレーニング、リハビリをしても、自分の予想していないところを痛めたり故障したりするんで。ですから最後は骨折という形で心がまた折れるんですけど、ただ、前半戦の間は前向きに、すぐあそこの山に登って、上からマツダスタジアムを見て、デーゲームやってた時もずっと見てましたし、ただ、思うように骨がついてくれなかった。(骨が)粉砕をしていましたので。 自分の中では二ヶ月あれば付くと計算して逆算して全てトレーニングをやっていましたから。
-前田智徳 氏 もうね、本当にとっくに過ぎてましたから、だから、僕もいつきっかけを、隙あらばと思ってたんですけど。きっかけがありました。 (RCC「前田智徳伝説 ~打撃の神髄ここにあり~」:23日放送) |
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