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高橋慶彦氏が「1度もしたことがない」2つの事とは/別れの言葉(鯉のはなシアター)=プロ野球・広島 [2014.05.25]

配信:2014年05月25日(日)14時05分 | カテゴリ:広島東洋カープ | タグ:高橋慶彦 ,

3日、広島ホームテレビの番組「鯉のはなシアター」で高橋慶彦さんの特集が放送されました。

《特集冒頭》
戦後復興のシンボルとなった旧・広島市民球場。その中で己と県民の夢を叶えてみせた男がいた。

── 画像は広島ホームテレビ「鯉のはなシアター」(3日放送)より
《前編》
  • さらば市民球場・ヨシヒコ別れの言葉

旧・広島市民球場が産声を上げた1957年。

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遠く北海道の地で、後にカープを球団初の日本一に導く男が産声を上げた。

高橋慶彦

カープ黄金期の切り込み隊長として、球界にその名を轟かせたスター選手だった。

しかし、実は慶彦はある2つの事を「1度もしたことがない」選手だった。

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  • 盗塁

クロスカントリーのスキー選手として名をはせた父ゆずりの足腰の強さで、幼い頃から徒競走では負け無し。プロ入り後も、盗塁王に3回輝いた。

しかし、慶彦はプロに入るまで1度も盗塁をしたことがなかった。

慶彦:高校時代は4番だったので盗塁したことがないですもん。4番でピッチャーでしょ。盗塁も興味ないし、足は速かったですけど、盗塁技術もないし、まったくのずぶの素人です。

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  • 感謝

さらに、常にグラウンドで泥にまみれ、練習の虫と揶揄されていた慶彦だったが、実は1度もグラウンドに挨拶をしたことがなかった。

慶彦:みんなが感謝して、グラウンドに頭を下げていくと思うんだけど「何に対して感謝するのか」ですよね。僕は凄くグラウンドに対し、いつも感謝してるし、そのグラウンドがあるから野球ができるし。

慶彦:そういう気持ちがあったけど、帽子を取って入って出ることは1回もなかったよね。

慶彦:なぜかというと、一番の感謝は、このグラウンドの上で、このグラウンドを使って、1番ベストのプレーをするのが、俺は野球に対しての感謝だと思っている。



  • 名将

そんな慶彦の隠された脚力と、独自の野球哲学が噤む精神力を、見抜いている男がいた。

時の監督、古葉竹識だった。

古葉:ヨシヒコ、プロ野球ってのは足だけでも飯が食えるんだぞ。

古葉はプロの奥深さを説き、球団初のスイッチヒッター転向を促した。そして…

古葉:お前が出てくるか、俺がクビになるか、どちらかだからな。

自身の進退を懸けて、慶彦を起用し始めた。そんな古葉の思いに慶彦は練習量で応えた。

連日連夜、時間さえあれば素振り。カセットテープにスイングの音を録り、質をチェックした。

また、先輩と飲みに出かけても、時間になると先輩に頭を下げ、打撃練習場で2時間打ち込んで、また店に戻った。

慶彦が一週間で打ち込んだ数は3万球という、とてつもない量に及んだ。そんな努力が結実し、スイッチヒッター転向1年目で3割を打つ活躍。

1979年には、いまだに破られていない33試合連続安打の日本記録をやってのける。その年の日本シリーズでは4割を超える打率でMVPに選ばると、カープを悲願の日本一に導いた。

その後も慶彦は名実共にカープの顔としてチームを牽引。しかし、共に日本一のペナントを手にした江夏、浩二、衣笠、そして育ての親・古葉監督がチームを去り、ついに慶彦にもその日が訪れる。

それは県民を震撼させる電撃トレードだった。

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── 広島ホームテレビ「鯉のはなシアター」(3日放送)より

《前編》《後編》
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